【後編】AI人形浄瑠璃ロボットの映像制作をしました

AI人形浄瑠璃ロボットの映像制作をしました【後編】

前編では、AI人形浄瑠璃ロボットの研究内容や、八王子車人形の身体表現について書きました。

後編では、今回なぜ“説明しすぎない映像”にしたのか、そしてこの制作を通して僕自身が感じた「人間らしさ」について書いてみたいと思います。

なぜ“説明動画”にしなかったのか

今回の映像制作で、最初の段階から決めていたことがあります。

それは、CGやテロップで説明を詰め込んだ“説明動画”にはしない、ということでした。

もちろん、そういった映像が悪いという話ではありません。

企業VPでも展示映像でも、「わかりやすく説明する」という役割が必要な場面は数多くあります。

僕自身も、普段そういった映像は普通に制作しています。

ただ、今回は少し状況が違いました。

SusHi Tech Tokyo2026 の展示では、研究内容そのものはパネル展示やプレゼンテーションでしっかり説明される構成になっていたんです。

だったら、映像まで同じ役割を担う必要はないのではないかと思いました。

むしろ映像は、「感覚的に伝える」役割に振った方がいい。

そう考えました。

展示会というのは、まず人の足を止めなければ始まりません。

図や文字だけでは伝わらない空気感や、身体表現そのものの美しさを、映像で感じてもらう。

今回の映像では、そこをかなり意識しています。

“学習していますCG”をやりたくなかった

AI関連の映像では、いわゆる「AIが学習しています」といったCG演出を見かけることがあります。

もちろん、あれはあれで非常にわかりやすい表現です。

ただ、今回はあまりそういう方向にはしたくありませんでした。

今回の研究は、単なる情報処理の話ではないと感じたからです。

重心。
間。
呼吸感。
沈み。
ためらい。

そういった、人間の身体表現そのものを研究している。

だからこそ、“説明”ではなく、映像そのものの力で伝えたいと思いました。

AI人形浄瑠璃ロボットが、車人形の身体表現を学び、少しずつ「何か」を受け継いでいく。

その感覚を、できるだけ映像として体験してもらいたかったんです。

AIなのに、“間”を研究している

今回の研究で個人的に面白いと感じたのは、AIやロボットの研究でありながら、テーマそのものが非常に“人間的”だったことです。

一般的にロボットというと、効率化や高速化、最適化といった方向をイメージする方が多いと思います。

でも今回扱っているのは、むしろ逆なんですよね。

  • 呼吸感
  • ためらい
  • 重心移動
  • 沈み込み

そういった、人間らしい“非効率さ”を研究している。

そして、人はそういう部分から無意識に感情を読み取っている。

だからこの研究は、単なるロボット開発というより、「人はなぜ身体から感情を感じるのか」を研究しているようにも見えました。

そこが非常に興味深かったです。

AIが進化するほど、「人間らしさ」を考える

今回の制作では、僕自身もかなりAIを活用しています。

企画構成の壁打ちをしたり、アイデア整理をしたり。

さらに今回、映像につけるBGMも初めてAI生成を使いました。

プロンプトを作り、映像の世界観に合う音楽を生成していく。

実際にやってみると面白かったです。

同時に、AIの進化スピードの速さも強く感じました。

今は、イラストも、映像も、音楽も、高いレベルでAIが生成できる時代になっています。

もちろん、それ自体はとてもすごいことです。

ただその一方で、「では、人間らしさとは何なのか」ということも考えるようになりました。

僕は、人間らしさというのは、不完全さなのではないかと思っています。

泥臭さだったり、失敗だったり、迷いだったり。

完璧ではない部分。

そして、その人自身が経験してきたこと。

そういったものは、まだAIには持てない部分なのではないかと思うんです。

だからこれからは、AIと競うというより、AIを活用しながら、人間にしかない部分を磨いていく。

そういう時代になっていくのかもしれないな、と感じています。

年上の人たちの情熱に刺激を受けた

今回、もう一つ強く印象に残ったことがあります。

それは、研究者の先生方や、車人形の家元の熱量です。

皆さん、僕よりずっと年上なのですが、ものすごく情熱的なんですよね。

AI研究という最先端技術と、何百年も続く伝統芸能。

普通なら交わらなそうなもの同士なのに、そこに本気で向き合っている。

しかも、新しいものを面白がっている。

その姿勢には、かなり刺激を受けました。

クリエイターは年齢とともに、新しいことに挑戦する意欲が落ちる、という話を聞くことがあります。

でも今回、そういうものは結局、自分次第なんだなと思いました。

新しいものに触れ続けること。

知らない世界に飛び込むこと。

それを面白がれること。

それが、クリエイターとしてとても大事なんだなと、改めて感じた案件でした。

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