あなたならのび太をどう育てますか?―宇宙一マイペースな青年を雇った会社の話―①

第1話:ようこそ、のび太くん。

この物語は、社員教育に関わるすべてのビジネスパーソンに贈る、ひとつの問いかけです。
「もし、のび太のような新入社員が入社してきたら――あなたなら、どう育てますか?」

「星川くん、新入社員の件、よろしくね。ああ見えて、ポテンシャルはあると思うんだ」
部長の言葉に、星川はひと呼吸おいてうなずいた。
まるで、水やりの足りない観葉植物が、かろうじて風に揺れるような仕草だった。

新年度。星川が勤めるWebマーケティング会社にも、数人の新入社員がやってきた。
その中に、やる気など微塵も感じさせないひとりの青年がいた。――名前は、のび太。

入社式当日。のび太はチャイムと同時に姿を現した。髪は寝ぐせだらけ、スーツは皺だらけ。
極めつけは、左右で色の違う靴下を履いていた。
新人らしい清々しさのかけらもない。初対面から印象は最悪だった。

「よろしくお願いします……」
蚊の鳴くような声で、猫背のまま頭を下げる。
面接で何が評価されたのか、星川には理解不能だった。

——そして数日後、事件が起きた。

のび太は、教育プログラムの一環として、とある化粧品会社のプロジェクト会議に同席することになった。
まだ業務を担当するわけではなく、オンライン会議に参加し、現場の空気を肌で感じるのが目的だった。

会議は午後一番。星川を含む5名のチームが参加。画面の向こうにはクライアントがいる。
のび太は部屋の隅に座り、ノートPCを前に、まるで水族館のクラゲのようなふわふわした目つきで画面を見つめていた。

そして、開始から15分ほど経った頃だった。
「……えっと、来月のキャンペーン施策について、プロモーション戦略の方向性としては――」 
プロジェクト担当者が話すその最中。
「…すぅ~…すぅ~……」
まるで、春風がレースのカーテンを優しく揺らすときのような、穏やかな音が会議室に満ちていく。

星川がまさかと横を見ると――
のび太が寝ていた。
しかも目を開けたまま。意識だけが何処か遠くへと旅立っていた。“Departures Nobita.”
そして、何やら小さくつぶやいている。
星川はそっと身を寄せ、耳を近づけた。

「……しずかちゃーん」

あまりに甘ったるい寝言に、星川の背筋が凍った。

皆が沈黙する中、のび太の寝息は、机上のマイクに拾われ、スピーカー越しに会議室中に響き渡った。
まるで、満ち引きを繰り返す、潮騒のように。
 

会議を終えた帰り道、部長がぼそっとつぶやいた。
「まあ、昼食後の会議って眠くなるよね。のび太くんも、すっかり会社に慣れたのかな?」

(いや、部長、それは違いますって……)
教育担当という立場から、星川は心の中で叫んでいた。

クライアントはどう思ったか。考えるだけで胃が痛い。
あれがうちの新入社員? 正直、ここまでの問題児とは――。

星川は、この日ひとつの決意を固める。
「このままじゃ、俺の立場が危うい……! 絶対に、社会人としてまともに育ててやる……!」

しかし、このとき星川は知らなかった。
この“問題児”が、やがてクライアントの心を動かし、信頼を勝ち取る未来が待っていることを――。

→ 第2話へつづく

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