第3話:バズより、まっすぐ。寄り添う心が動かしたもの
のび太と星川が働くのは、Webマーケティング会社「ミチシル」。
その日の朝、一本のメールによってミチシル社内に動揺が走った。
老舗和菓子メーカー・田中屋のマーケティング担当、樫村から届いたその文面には、こう記されていた。
「現在のWeb施策については一度整理させていただきたく、次回以降の打ち合わせは一旦保留とさせてください。」
「……どういうこと?」
星川は、画面を見つめたまま、手元のマグカップを強く握りしめた。
──その予兆さえ感じ取れず、星川にとっては青天の霹靂だった。
* * *
──数日前、田中屋本社──
「あの、星川さん……田中屋の樫村さん、なんか……様子、おかしくなかったですか?」
定期ミーティングを終えたあと、のび太がぽつりと呟いた。
「え?」
「今日の樫村さん、ちょっと元気なかったような……なんか、背中が丸くなってたというか……」
「気のせいだろ。」
星川はそう言い切り、会話はそれっきりになった。
のび太は、それ以上なにも言わなかった。
* * *
田中屋とは、SNSを活用した集客強化のプロジェクトで、数ヶ月前から取り組みを進めていた。
チームが提案した施策の中心は、SEOの基盤整備とSNSでの段階的な認知形成。短期的な成果よりも、中長期でブランドを築いていく道筋だった。
しかし──数字の伸びは想定よりもやや鈍く、田中屋の経営陣には焦りの色が見えていた。
「新施策の成果、出てないじゃないか!」「広告費をドブに捨ててるのか!?」
営業部門からの強い突き上げ。
「君には期待してるんだから、次こそ結果を出してくれよ」
社長の“激励”という名のプレッシャー。
その矢面に立たされていたのが、クライアント側の担当者・樫村だった。
のび太が気になったのは、会議中の表情だけではなかった。
ある日のオンラインミーティング。
画面越しに見えた、彼女のデスクに積み上げられた何冊ものマーケティング本──
どれも「最新手法」「SNSで一発逆転」などのキャッチーなタイトルばかりだった。
(もしかして……迷ってる?)
その数日後、田中屋から届いたのが、冒頭のメールだった。
──理由はすぐにわかった。
Buzz Linksという“バズらせ系”マーケ会社が、新しい提案を持ち込んできたのだ。
TikTok活用、Z世代向けの共感フレーズ戦略。
内容は派手で目新しく、提案資料には“3ヶ月で売上200%”という数字も並んでいた。
星川は、その資料に目を通してすぐに違和感を覚えた。
「このやり方……数字は出ても、ブランドが壊れる」
ミチシルの戦略が間違っていたわけじゃない。
SEOには時間がかかる。SNSも地道な運用とファン醸成があってこそだ。
──ただ、それを田中屋の経営陣に対して十分に説明できていなかったのかもしれない。
その結果、マーケティング担当の樫村が社内で板挟みになり、プレッシャーに押しつぶされていた。
そのことに、誰も気を配ろうとしていなかった──のび太以外は。
* * *
「行きましょう!」
「は?どこへ?」
「田中屋さんです!」
のび太は勢いよく立ち上がった。
「僕、やっぱり……ほっとけないです。樫村さん、きっと、いま誰にも相談できずに……」
「だからって、今さら何を──」
「えいっ!」
のび太が突然、星川の頭に“何か”を装着した。
「……って、え、なにこれ?」
「タケコプターですっ!こっちの方が早いんでぇ〜!」
「はぁ???」
星川が困惑する間もなく、のび太はオフィスの窓を開けた。
「さあ行きましょう!今からでも、できますっ!」
* * *
「……本当は、焦ってました」
田中屋の会議室で、樫村は静かに語り出した。
「御社のプランが間違ってるとは思ってません。でも……社内がどんどんギスギスして、自分の中でも、何が正しいのかわからなくなって……」
「Buzz Linksの人、すごく提案上手で。つい……その気になりかけてて……」
「でも、のび太さんと星川さんが“来てくれて”、本当に助かりました。誰かに話を聞いてもらえたの、久しぶりです……」
星川は、言葉を失っていた。
(俺たちは……自分たちの施策に絶対の自信があったがゆえに、「大丈夫です!」の言葉にすべてを包み込んで、
樫村さんが社内をまとめられるだけの説明を尽くすことを、疎かにしてしまったんだ。
そのせいで、彼女を追い詰めてしまった……)
帰社後、ミチシルはすぐに提案書を組み直した。
Buzz Linksの案と比較しつつも、田中屋にとって何が本当に“資産”となるかを丁寧に言葉で伝えた。
のび太は、樫村の不安を取りのぞくような表現を何度も修正していた。
数日後、田中屋から契約の継続を求める連絡が届いた。
電話口の樫村の声には、少しだけ明るさが戻っていた。
* * *
「のび太くん、今日このあと少し話せるか?」
星川が、ふいに声をかけた。
「へ?」
「近くに、いい喫茶店があるんだ。ちょっと……付き合え」
のび太は、不思議そうにしながらも、嬉しそうにうなずいた。
──第4話へつづく。
