第2話:はじめての現場~のび太、やらかす~
この物語は、社員教育に関わるすべてのビジネスパーソンに贈る、ひとつの問いかけです。
「もし、のび太のような新入社員が入社してきたら――あなたなら、どう育てますか?」
第1話はこちらからお読みください。
「すみません!遅れましたぁ……!」
会議室のドアが開いたのは、オンライン朝礼が始まってすでに10分が経過した頃だった。
のび太は寝癖を散らかしたまま、ノートPCを抱えて駆け込んできた。息を整える間もなく席に着くと、カメラに向かって一礼し、Zoomの画面越しの上司たちに深々と頭を下げた。
「ちょっとタケコプターで出勤してたら、道ばたで人が倒れてて……助けてたら遅れちゃいました……」
画面の向こうが一瞬止まる。
誰も笑わない。誰もツッコまない。もはや“それがのび太”として、皆が処理し始めていた。
しかし星川だけは違った。
彼の表情はのび太への苛立ちを隠せずにいた。昨日、のび太のPC初期設定を手伝っていたときの出来事が、脳裏に蘇っていたからだ。
***
「スリープ状態のPCって、起こすとき“話しかけたり”していいんですか?」
「……は?」
「いや、寝てるっていうから……なんか起こすの、かわいそうだなって思って」
星川は言葉を失った。
この青年が、これから仕事で顧客とやり取りするようになる未来が、まったく想像できなかった。
***
その日の午後。
のび太にとって“はじめての実戦”が訪れた。
星川のチームが請け負っている、某老舗食品メーカーのSNSマーケティング戦略会議。今回は先方の経営陣が勢ぞろいすることもあって、進行には一層の慎重さが求められていた。
星川が戦略説明を担当する。のび太は補助的な立ち位置で、スライドのページ送りを担当するだけのはずだった。
戦略説明も終盤にさしかかり、ここまで順調に進行していた。
星川がまとめに入り、ページ送りの合図を出す。
しかしスライドが進まない。
「……?のび太くん、次のページお願い。」
返事がない。
「……のび太くん?」
「……あ、はいはいっ!いまやりますぅ!」
ぎこちなくマウスを動かすのび太。
次の瞬間、画面に表示されたのは――
「しずかちゃんと行く♡春のラブラブ温泉旅行計画!」
ピンク色の背景に、大きなハートマーク。
湯けむりに包まれたカップル風イラスト、日程には「2泊3日、愛の湯けむりツアー」などと書かれている。
クライアントが目を丸くする。
社内メンバーが一瞬沈黙したあと――
「え、なにこれ!」「誰のスライド?!」
笑いが起きた。画面越しのクライアントも、肩を揺らして笑っている。
「え、あの……違うんです、これは……あの……僕の……あの……」
のび太がモニター越しにあたふたしている。
笑いが収まったところで、元のスライドに画面が戻り、なんとか会議は再開された。
結局、空気が和らいだことで打ち合わせは円滑に進み、クライアントも最後には笑顔だった。
だが――
***
会議を終え、星川は怒りを抑えきれなかった。
「……お前、どんな環境で育ってきたんだよ。」
星川が、会議室に残ったのび太に吐き捨てるように言った。
「人の仕事、邪魔してさ。最低限の準備すらできないのかよ。俺がどれだけフォローしてると思ってんだよ……!」
のび太は、なにも言わずに肩を落とした。
唇が少し震えていたが、言い返さず、ただ静かに頭を下げた。
「……ごめんなさい。」
そう言ってのび太は、会議室を出て行った。ドアが静かに閉まる音だけが、星川の耳に残った。
***
静まり返った会議室に、部長がゆっくりと現れた。
「星川くん、少しいいかい?」
部長は穏やかな口調のまま、星川の隣に腰を下ろした。
「君の気持ちはよくわかるよ。叱るべきところは叱らなきゃいけない。でもね……人の“存在”を否定するような言葉は、心に深く傷を残すことがあるんだ」
星川は言葉を失った。
「叱る教育っていうのは、行動を正すことはあっても、人そのものを否定することは決してあってはならない。もし君が、君の部下を“社会人失格”って決めつけたら……彼は、もう自分を信じられなくなるかもしれない」
しばしの沈黙。
星川は、のび太の俯いた背中と、かすれた「ごめんなさい」の声を思い出していた。
「次の一手は、君に任せるよ」
部長はそう言い残し、静かに立ち去った。
(……俺が、のび太を育てるんだよな)
星川は深く息を吐いた。
自分の中の怒りと苛立ちの感情が、すこしずつ引いていくのを感じながら、次にかけるべき言葉を考えていた。
第3話へつづく
