トンネルのお話 2
その5-推進工法
昭和の終わりから平成の初めにかけて日本各地で下水道工事の記録撮影をしました。この時期は下水道を完備するための本管工事が全国的におこなわれていました。下水道本管は主に直径2メ-トル前後のシ-ルド機械を用いて工事されることが多かったようです。一般的な土質だけでなく比較的柔らかい岩盤や岩石混じりの地盤にも対応できるシ-ルド機械、あるいは市街地の入り組んだ※道路の下を掘り進む急カーブの切れるシ-ルド機械など新技術が次々と開発された時期でした。※トンネルは人の敷地内を勝手に通過出来ないので道路下を掘り進むことになる。
地方各地をドサ回りして撮影するとしんどいなりに楽しいこともあります。その一つが東京では食べられない美味いものに出会うことです。冬、宮城県石巻漁港近くで下水道本管工事の撮影をしていました。寒いのにはまいりましたが、情景カットで漁港の水揚げシ-ンを撮影したあと組合の食堂で食べた鰯蕎麦なるものの美味さはいまだに忘れられません。
石巻漁港近く、日和山のふもとの道路下に沿って工事は進められていました。本管工事といってもこのような地方都市になると管の直径が1mもあれば足りる場所が多いのです。直径が1メ-トルでは機械の中に人が入ってトンネルを組立てることも出来ません。そこでこういう小口径の工事では推進工法が多く使用されました。シ-ルドやTBMが自らの力で前進する自走式なのに対して推進工法では立坑の元押しジャッキで土管(ヒュ-ム管)ごと掘削機械を押し進めてゆく方法がとられます。掘り進むに従って土管を継ぎ足しながらジャッキで押して掘削機械を前進させるわけです。ここで使用されたのはTBMを小型化したような岩盤対応の掘削機械でしたがヒュ-ム管の内側が直径1.2mで、その中に潜り込んで機械先端の様子を撮影するのは誠に二度とやりたくないほど大変なものでした。
推進工法ではこれより小さな直径60cm前後のアイアンモ-ル(鉄のモグラ)という推進工法もあります。その土管の中に腹ばいになって坑内先端までメンテナンスに行くメ-カ-のサ-ビスマンもいると聞きました。まさにこのような人々の涙ぐましい努力によって日本の下水道は完備されたのではないでしょうか。
その6-予測と手当
地面の中を掘り進むということは、いわば目隠しして知らない場所を歩くようなものです。街中であれば他人にぶつかりよろけます。運悪くその筋の人に当たれば殴られます。また溝に落ちてケガをすることもあります。
こういった事が無いように目の不自由な方であれば盲導犬を付けますね。
つまり水先案内人です。 トンネル工事も同じことでまず先に何があるかを予測する必要があります。
これを前方探査といいます。次に溝に落ちてケガをした場合の手当てが必要です。これを支保(しほ)と言います。
前方探査には音の反射の波形を調べてこれから掘り進む土質を予測する方法があります。
潜水艦の音波探査(ソナ-)のようなものです。
最近では医療でなじみのあるCTなども使われるようになったようです。
しかし一番確実なのは実際に掘ってみることです。ボ-リングをして前方の地山(じやま)からサンプリングをおこないます。
しかしサンプルはチクワ程度の小さなものですからある程度の予測しか出来ません。
もうすこしはっきりと知るには小型のトンネルを掘ってみることです。
このトンネルを先進導孔と言います。先進導孔を掘ればこれから先の地質が手に取るようにわかります。地質がわかればどの様な手当て(支保)をしたら良いのかがわかり事前に必要な資材を準備することも出来るわけです。
支保には様々な方法があります。
NATM工法でご紹介したモルタルを吹き付ける方法。ある程度安定した地山であれば掘った表面(抗壁)さえ崩れなければトンネルは自立できるようです。
更にロックボルトを四方八方に打ち込み、鋼リングというア-チ型の鋼材でトンネルを支えます。
あるいは金網を張って天端(てんば:トンネルの天井)の崩落を防ぐ方法など様々な支保工のパタ-ンがあります。
有名なトンネル映画に「黒部の太陽」があります。これは黒部ダムを作るための資材を運ぶ(作業抗)掘削の苦労話が中心になっています。当時は前方探査技術が不十分な為もあったのでしょう。地熱によるダイナマイトの暴発や出水など悪戦苦闘の様が描かれています。
「海峡」は青函トンネル掘削のお話です。ここでは無尽蔵の大海が相手ですから、掘れば海水が際限なく出てきます。支保を施しても間に合いません。そこで掘る前に前方の地山に液状のガラス成分を注入して固めてしまう方法(持田式注入法)が紹介されています。

その7-掘った土は
トンネル工事は掘るだけではありません。掘った土(ズリ)をマメに運び出す必要があります。モグラも同じことをやっています。その痕跡がモグラ塚であることはご存知の通りです。
発破を使う現場では一度に大量のズリが坑内を埋め尽くします。このズリをパワ-ショベルやダンプトラックを使って何回にも分けて運び出すわけです。掘るのは一瞬ですが、運び出すのは大変です。狭い坑内ではダンプがUターンするのも難儀です。そこで運転席が回転して出口の方を向き、方向転換しないでそのままトンネルの外に出て行けるアイデア商品のトラックもあります。
ところでこのズリ搬出の撮影は大変危険です。トンネルの路面は舗装してありませんからトラックが走ると車体が揺れます。揺れると土砂がこぼれます。土砂ならまだしも岩石だと困ります。当たれば怪我をします。大体そんなところで撮影している人間が悪いといえばわるいのです。ですから坑内の作業者は撮影班が大嫌いです。よけいな神経を使わねばならないから大いに不機嫌です。この不機嫌な皆さんといかに仲良くなるかがトンネル撮影の成否を左右しているとも言えます。
さて小中口径のトンネルは発破ではなく機械で掘り進むことが大半です。狭い坑内で重機(パワ-ショベルやダンプ)が身動き出来ないこともありますが、小さなトンネルは例えば下水道など町中の工事ですから発破を使えないわけです。機械で掘ると発破のように一度に大量には掘り進めません。その代わり常に小刻みに静かに掘り続けることが出来ます。この場合、ズリの搬出方法はおおまかに分けると流体輸送とズリトロ搬出の2通りがあります。流体輸送とはトンネルの入り口からパイプで泥水を先端に送り、掘ったズリと混合させて別なパイプで搬出する方法です。ズリトロ搬出とは線路を引いてズリをトロッコで搬出する方法です。このズリトロですが撮影に大変便利な一方で誠に危険な代物でもあります。まず便利な方ですがトンネルの入り口から撮影機材を乗せ、楽をしてトンネルの先端まで行くことが出来ます。途中で坑内の移動ショットなどもカッコ良く撮ることが出来ます。危険なのはトンネルの途中で撮影中にトロッコにでくわすことです。狭い坑内で電車とすれ違うようなものですから誠に危険です。しかし不思議とこのような危険な状況では注意しているせいかケガや事故は起きないものです。
※現在では現場の安全管理が徹底しているので上記のような各種危険撮影は禁止されています。
その8-大地に学ぶ
順天という言葉があります。順天堂大学の順天ですが、これは天の意向にならい逆らわないことで、小さな存在ながらも人間の英知や工夫を生み出すという意味です。
長年トンネル工事の様々なシ-ンをこの目で見、撮影してきたわけですが、感じるのはやはりこの順天という言葉です。トンネルを掘るということは地球を掘るということです。強大な大地のお腹に穴をあけるといういわば暴挙です。大地が怒らないはずはありません。しかも現場によりその大地の性格は様々です。比較的おだやかな方もいれば、凶暴な方もいます。また一見おだやかそうでいて時おり凶暴になる方もいます。こういった相手の性格をよく調べ知ったうえで慎重なうえにも慎重に掘り進むのがトンネル工事というわけです。
いままでご紹介した工法の他にも様々な方策(工法)があります。これから掘り進む前方が崩れやすい地山(じやま)だとわかれば先手を打って、掘り進む前方に万全の補強(先受け工法)を施します。トンネルの形に沿って前方に何本もの鉄パイプを打ち込み崩れないように支える工法がそうです。
またトンネルを支えるア-チ型の鋼鉄(鋼リング支保)が自立出来ないような軟弱な地盤の場合には支えの土台をコンクリ-トであらかじめ作り上げる必要があります。この土台を作るには本坑掘削に先行して小さなトンネルを本坑の両端に掘る(側壁導孔)必要があります。また本坑を掘る場合も一度に全部掘るのではなく上半分そして下半分と掘り進みます。因みにこれは側壁導孔先進上部半断面工法といいます。また本坑の中央に小さなトンネルを先に掘り、地山の芯抜きをしながら様子見をして掘り進むのを中央導孔先進工法などといいます。
なんだかややこしい難しそうな話ですが、要するにこれらは全て大地の意向に逆らわないための方策なのです。大地を力ずくで掘るのではなく、大地と相談しながら且つ色々と教わりながら掘り進む、これがトンネル工事ではないでしょうか。トンネル工事も重機のロボット化など機械化・無人化が唱えられて久しいのですが、結局は人の関わらない工事などは有得ず、施工に従事する方々の胸のうちにあるのは※「大地に学ぶ」という謙虚な思いではないでしょうか。 ※「大地に学ぶ」とは某ゼネコンの方がよく口にされた言葉です。


